いま古流剣術が面白いーー新陰流兵法とは何か (16)
勢法(型)の稽古 五
すこし前の連載十二回で、「新陰流の教習は三学以下の型の稽古に終始する。皆伝が印可される(最短で十二年)までに習得する型は二百五十二本ある。打太刀になると、覚える型の数は二百五十二本の倍の五百四本という多数に達する。」と書いたが、この一本というのは、一つの技ではない。例えば入門して最初に習う三学円之太刀という型は、①一刀両断②斬釘截鉄③半開半向④右旋左転⑤長短一味の五本の型からなっている。
この一本をおぼろげながら理解して頂くために、煩雑さを厭わず書いてみると、次のようになる。三学の一本目「一刀両断」の内容は、初めに五間(九メートル)離れたところに打太刀(教える人)と使太刀(教わる人)が向かい合って立つ。打太刀が使太刀を攻めてだんだん近づいて行き、使太刀の肩先に打ち掛かると、使太刀は太刀を真っ直ぐに振りかぶって打太刀の打った太刀に打ち乗って太刀を弾きつつ敵の拳に勝つ。負けた打太刀が逆転を狙って後ろに下がるところを、使太刀が追い込んで打太刀の腕を打ち、さらに目を突いて勝つーーといった手順になっている。要約した説明なので分かりにくいかと思うが、二百五十二本の型というのは、このように一本一本に起承転結があり、いわばストーリーがあるのである。この二百五十二本は使太刀(教わる側)のストーリーであり、これと対になった打太刀(教える側)のストーリーを持った二百五十二本と併せると五百四本という数になるのである。
このうち、三学という型と九箇という型にだけは取上げ使いという初心者用の型がある。戦国の世が終わって、武術に疎くなった武士の子弟用に容易に入門できるようになっている。話が又横道に外れるが、この型は新陰流五世の柳生連也という人が工夫して作ったものだ。連也は新陰流歴代の達人中抜きんでた天才を謳われた剣客である。父はやはり天才と言われた新陰流三世の柳生兵庫助。母親は石田三成の家老で西軍きっての猛将島左近の娘・珠である。連也は小太刀の名人としても有名だ。尾張藩初代藩主徳川義直が薨去した際、家老の寺尾直正が殉死した。殉死に当たって剣の師匠である柳生連也に介錯を頼み割腹した。連也はこの頼みを聞きいれ、小太刀の片手切りをもって、首の皮一枚を残して介錯するという離れ業を見せた。
(続く、睡猫児)