新陰流兵法とは何か (14) 続々・勢法(型)の稽古

いま古流剣術が面白いーー新陰流兵法とは何か (14)

続々・勢法(型)の稽古

 以後何とか師の浅利又七郎に一合でも打ち合えるようになりたいと鉄太郎は念じた。幕府の要職にあった鉄太郎は、幕末の動乱の多忙の中、必死の努力をした。しかし、毎夜のように夢に出て来る師匠の前に立つと身がすくんでしまう。こんな虚しい努力を続けてなんと十七年という月日が流れた。この間の努力を鉄舟は自伝にこう記している。

「爾来、修行怠らずと言へども、浅利に勝つべき方法有らざるなり。是より後、昼は諸人と試合をなし、夜は独り座してその呼吸を精考す。眼を閉じて専念呼吸を凝らし想を浅利に対するのに至れば、彼忽ち余の剣の前に現れ、あたかも山に対するが如し。」

 毎夜夢に現れる師の又七郎に何としても打ち込むことが出来なかった。

 これは剣の技ではなく精神の問題だと気付いたのはかれこれ五年も経っての事であった。座禅を組んで心を練ることを思いついた。座禅は父親の勧めで十三歳の時から続けていたが、本気で修業しようと思いついたのはこのときからである。

 伝手を得て、武蔵国柴村の長徳寺の願翁和尚について座禅を始めた。懸命に参禅すること十二年。ある日旅先の箱根で湯につかっているとき、忽然と大悟した。その夜夢に出た師の又七郎の頭上に木太刀を無心に打ち込んだところで目が覚めた。

 江戸に戻った鉄太郎は早速浅利又七郎の道場に駆けつけて立ち合いを願い出た。乞われた又七郎は気軽に立ち合ってくれた。礼が済み淡々とした面持ちの鉄太郎の構えを見るなり、又七郎は黙って木太刀を引いた。

「よくぞこれまで工夫なされた」と感嘆して鉄太郎を拝したという。座禅によって培われた人間力が自然と剣の実力に反映した好例であろう。海舟は鉄舟の禅の修行を次のように評している。

「山岡が剣の修行に関して禅の必要を感じて修禅したというが、禅機というものは、万機に応用して一種いうべからざる妙味の存するものである。(略)俳句の元祖ともいうべき芭蕉の句は禅機からうまれたものが多い。『古池や蛙とび込む水の音』などの句は、無我無心の妙趣を含んで、とても凡人ではわからない。無我無心は禅機の極意、天地の達者だ。(略)剣だって禅だって、字こそ違えひっきょう同じことだよ」

(続く、睡猫児)

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