新陰流兵法とは何か (12) 勢法(型)の稽古

いま古流剣術が面白いーー新陰流兵法とは何か (12)

勢法(型)の稽古

 前回、入門して最初に習う型「三学」に少しだけ触れたが、新陰流の教習は三学以下の型(新陰流では型を勢法と呼ぶ)の稽古に終始する。皆伝位が印可される(最短で十二年)までに習得する型は二百五十二本ある。この数は現在当会が継承し実際に稽古している本数である。これらの勢法の手順を覚えかつ繰り返し稽古して身の捌き、太刀使い、拍子、間合、間積もりを身に付けていく。勢法は打太刀(教える側)と使太刀(習う側)と二人一組で稽古するから、打太刀になると、覚える型の数は二百五十二本の倍の五百四本という多数に達する。これらを自在にこなせるよう稽古するのはなかなかに大変だ。

 日本文化は型の文化であるとは、常々言われるところである。日本文化の殆どの芸能は、型に始まり型に終わる。古流武術にしても、すべてまずは型を学ぶことから始まって、型の習得に終始する。型の習得の先に何があるのか。習得の先にはやはり習得しかないのであって、今まで横に掘っていたものを、今度は縦に掘って行く。その竪穴は限りなく深い。

 よく芸道では守破離ということが言われる。教えを守り、工夫してそれを破りやがてはそれから離れて独自の型を作り上げるということである。新陰流においては守破離ではなく習稽工ということが重視される。初めに習ったことを懸命に稽古して型の意味を理解し実践することを工夫し、しかる後に元に戻って教えを再び稽古し内容を実践することをまた工夫する。これを延々と繰り返すのである。究極のところ、剣技の習得を通して自己の内面を見つめることになり、それがまた反転して剣技の実力に反映していく。

 型を追求することは剣技だけでなく全人格を総合した実力を高める効果が大きい。幕末から明治にかけて活躍した山岡鉄太郎(鉄舟)という人は、千葉周作の開いた北辰一刀流に入門し周作の次男千葉栄次郎の指導を受けた。ほどなく鬼鉄と言われるほどの実力者になった。道場に相手がいなくなった鬼鉄は自分の実力を試したくなって、同流の道場を開いていた達人の評判が高い浅利又七郎に試合を申し込んだ。同じ流派の達人がどの程度なのか試して見ようと思ったのだ。ところが、立ち合って見て驚いた。全く歯が立たない。相手に打ちを浴びせるどころか身動きすらできなかった。冷汗が出るばかりである。さすがの鬼鉄も降参して、又七郎に低頭して弟子入りするしかなかった。(続く、睡猫児)

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