いま古流剣術が面白いーー新陰流兵法とは何か (10)
移香斎の秘技を学ぶ 四
前回の続きだが、もう少しだけ「拍子」についてのエピソードにお付き合い願いたい。
『あらゆるものに拍子がある』との移香斎の言葉は信綱には理解の埒外であった。
「拍子とは、そのように深いものでございますか」
「さようさ。剣の極意とも云えよう。これにはわしも昔、苦い経験があるのじゃよ」
「苦い経験とはどのようなものでしょうか」未熟な師匠の姿は想像できなかった。
「わしの若いころの武者修行中の事だが、京で住吉流という流儀の剣客と試合したことがあった。この者は不思議なことに、踊るように太刀を遣う。未経験のわしは、その踊りのような太刀遣いにやすやすと巻き込まれた。それで、相手の動きの言いなりになっていとも簡単に敗れ去ったのじゃ」
「踊りのような太刀遣いとは想像もできませぬが」
「当時のわしは、拍子などと云う考えを微塵も持っていなかった。ただ相手の隙を迅速に打とうとそればかりを狙っておった。しかし、この踊りのような太刀遣いに隙を見出すことが出来なかった。それ故打ち込む拍子が取れず、茫然として自滅してしまったのじゃ」
しかし、信綱にはこの事実の真の意味が分かっていなかった。移香斎は言葉を続けた。
「それからわしは発奮し必死の修行を続けたが、あの踊りのような太刀遣いが頭にこびりついてこれを脱することが出来なかった。諸国を廻って三十六歳の折、九州日向の国の鵜戸神宮の岩屋に参篭して願を掛け修行した。さて、満願の日、一匹の白猿が現れ、切り立った崖に生えた樹木を飛び渡るのを見た。樹木の枝の撓りを使って、実に見事に木々を渡り、すごい速度で崖を下って行く。わしは魂を抜かれたように見惚れておった」
信綱にも急な崖を飛ぶように降りて行く白猿の姿がありありと目に浮かんだ。
「その時、わしは頭をがんと殴られたような衝撃を受け、意識を奪われた。暫くして気付いた時、武神が白猿の姿となって現れたと直感した。白猿が枝の撓みを使って木々を渡って行く、その拍子というものを自得することによって、わしはかの住吉流の踊りのような太刀遣いの呪縛をようやく脱することができた。この貴重な体験からわしは間もなく陰流を創流した。それで陰流の最重要の型を、『猿飛』と名付けたわけじゃ」(続く、睡猫児)