新陰流兵法とは何か (9) 続々 移香斎の秘技を学ぶ

いま古流剣術が面白いーー新陰流兵法とは何か (9)

続々 移香斎の秘技を学ぶ

 拍子についてもう少し述べてみたい。先に拍子の事をリズムと云ったが、日本語には「間」、「呼吸」という的確な言葉があるのを思い出した。さて、拍子を分類すると三つに分かれる。一を「当たる拍子」という。先に述べた野球の打撃がこれに当たる。投球と打撃がぴったり合えば、勢いのある打球が生まれる。だが投げると打つが全く同時では勝負は五分五分で、盲滅法に振っても上手くボールを捉えられる保証はない。これは斬り合いでも同じこと。相手の太刀打ちを見定めてほんの僅か遅れて打たないと勝を取ることは出来ない。

 二は「付ける拍子」である。この動きはうまい例がないのだが、例えば、昔の活劇映画によくあったシーンで、向こうから来るトラックや無蓋の貨車に飛び乗ろうとするとき、相手のスピードに合わせてひらりと身を躍らせて飛び乗るーーそんな感覚といったらいいだろうか。動きを衝突させずにむしろ相手の動きを吸収してしまう動きである。普通の速さの打ちなら十分に対応できることだ。剣先はものすごい速さだが、手元の動きはさほど速くはないので、手元をよく見れば、太刀を持つ拳に上から打ち乗ることが可能である。

 三つ目は、「越す拍子」である。越すとは躱す意味である。これは相手の攻撃を避けた後打ち廃った相手の身体に悠々と勝つもので、段違いの強さという奴だ。これが一番難しいとされている。とにかく剣術の切り合いには以上三つの拍子があって、又これ以外にはないのである。型を使うにはこの拍子を理解して十分に稽古することが必要となる。

 信綱が移香斎にまず教わったのはこれらの拍子の取り方であった。こうした拍子に信綱がようやく慣れ始めた頃、移香斎はこう語り始めた。

 「拍子は何も太刀同士の打ち合いにだけあるのではなく、物事の動きにはすべてに拍子がある。風の音にも、雨だれの音にも、川のせせらぎにも拍子がある。人間の動作にもすべて拍子がある。急いだ動き、ゆっくりした動き、否人間ばかりかこの世界のありとある動きにはそれなりの拍子があるものだ。この世に唐突な動きというものはないと心得よ」

 「あらゆるものに拍子があるとは思いつきませんでした」信綱は感嘆して云った。

 「そうじゃ、動くものだけにとどまらぬかもしれぬ。拍子は人間の心にもあるかもしれぬのう。心の拍子が読めるようになれば、もはや剣術は不要のものとなるであろう」(続く、睡猫児)

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