いま古流剣術が面白いーー新陰流兵法とは何か (7)
移香斎の秘技を学ぶ
愛洲移香斎は信綱の時秀に話をつけると信綱に向かって言った。
「若殿、明日の朝から早速にも稽古を始めましょうぞ。一刻も猶予はならぬ」
信綱は呆気にとられた。今しがた、「まあ、そう急ぐこともあるまいて。明日からやっても急に上手になるものでもなかろう」と言われたばかりではないか。
翌早朝から、さっそく信綱と移香斎との陰流の稽古が始まった。
「まずはおぬしと一度立ち会って見ようかの」移香斎は木太刀を取り、五間ほどの間合いに立った。信綱には、木太刀を引っ提げた移香斎の姿は、武芸者が構えを取ったようには見えなかった。鍬を手に提げてぼんやり野良に佇む老農夫の様だった。
その姿のまま、移香斎は水洟をすすり、一呼吸置くと、すらすらと信綱に向かって歩み出した。移香斎の歩みには威圧感もなく警戒感もなかった。歩きながら移香斎の太刀が徐々に上がり始めた。中段に上がった左拳が信綱には見えた。直ちに打つべきか否か、信綱は逡巡した。余りに明瞭に隙が見えたことを信綱は疑った。誘いの隙に違いない。
見えたところを打つ。これが鹿島の太刀の原点だった。見えたところは即ち隙であるという考え方である。これは鹿島の太刀に限らずほとんどの剣術の原点である。
無防備に信綱に歩み寄ってきた移香斎の構えに変化が見えた。真っ直ぐ構えていた太刀がすっと頭上に上がり、額の上に木太刀が横たわった。右の肘が少し突き出して見えた。
瞬間、信綱の太刀が目にもとまらぬ速さで移香斎の肘に向かって振り下ろされた。見えたところを打つ、という長年の修練の結果、身に付いた動作だった。見事に肘が打たれるはずだった。
刹那、移香斎の太刀が一閃した。旋回した木太刀が、信綱の打ち出した右小手を捉えた。
しかし、信綱は右小手に何の痛みも感じなかった。信綱の右小手は打たれたのではなく、上から抑え付けられたばかりであった。まるで、信綱の動きが前もって分かっていたかのような技であった。信綱は納得がいかなかった。幼少から長年にわたって修練し、印可を得たのちも一人鍛錬し続けた自信の打ちであった――。
「今一度、お教え頂きたく」この時から信綱の第二の修行が始まった。(続く、睡猫児)