いま古流剣術が面白いーー新陰流兵法とは何か (1)
剣術と剣道の違い
「新陰流兵法とは何か」というテーマをこれから話していこうと思う。話していこうとは言うものの、こんな難題を簡単に話せるはずもない。従って実際には「新陰流兵法とは何か」という大上段の難問を考え考え、その周囲をぐるぐる回ってあれこれつついたり引っ張ったりがせいぜいのところと考える。それでも新陰流というものの深さ、厚み、面白さ、難しさ等々の新陰流にまつわる話が出来れば上々と思う。
ところで表題の剣術にわざわざ古流と冠したのは、剣術と言うと現代剣道と混同する人が大概だからだ。そこで話の順序として古流剣術と現代剣道との違いの説明から始めよう。
江戸時代以前に武士が嗜んでいたのは剣術である。剣道ではない。剣道は大正時代になって作られた試合中心の竹刀による競技だ。時代劇や時代小説をお好きな方が見たり読んだりしている斬り合いシーンは、いずれも古流剣術同士の戦いである。
幕末京都で活躍した新選組の近藤勇も土方歳三も沖田総司も江戸牛込の試衛館という古流剣術の道場の師弟である。流派は天然理心流。当時竹刀の試合が流行していて、時々道場荒らしがやってくる。負けると指導料の金を包んで引き取ってもらわなければならない。そうでないと看板を外して持っていかれてしまう。
さて、近藤も土方もこの竹刀試合(撃剣と呼ばれた)が大の苦手だった。試合をするとすぐに打ち込まれてしまう。そこで試合の申し込みがあると、近所の他流の道場に頼んで、代わりに試合をしてもらった。で本人たちはどこかに避難していた。それほど竹刀の試合は弱かったらしい。ところがいざ京で新選組を結成して、実際の真剣の斬り合いになると、向かうところ敵なしの強さであったことは御承知の通りである。この逸話は古流剣術と道場剣法の違いを垣間見させてくれる。
そこで前に戻って剣術と剣道の違いだが――。
剣術とは、武士が戦場で生死を掛けた戦闘に生き残るための太刀の技術をいう。一方、剣道は剣術の技法の一部分をルール化して、打突個所を一定に定め、時間も限定して優劣を競うゲームである。ルールがあるから武術ではない。スポーツというべきであろう。
だからこの二つは同根ではあるが、実際のあり方は似て非なるものである。(続く)